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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

また、その日のお客、九条家の諸太夫や、閣老の阿部豊後守、中山遠江守、ほか親族方も、別室の饗応に立って、あとにはわずかの家臣だけしか見えなかった。

一番の能には、絶倫な精力をついやすものとは、観るだけしか知らない者でも聞いているので、きょうの老公の舞いぶりを見て、その健康を祝しあう声に満ちていた。全藩の家族が、一家のように、中食をとりながら、そのはなしで持ちきっていた。

事実、非常なる気力と体力を消耗するにちがいない。老公は、楽屋に入って天冠をとらせ、上の古代紗の舞衣をぬぐと、ややしばし、床几に寄ったまま、大きな呼息をついていた。

「水を」

と、求めると、鏡の間のひかえから、佐々介三郎、つと寄って、盆を捧げた。

それへ、手をのべながら、

「水か……」

主従は、眼を見あわせた。

何かに、はっとしたように、介三郎は老公が干した器を盆にいただいて、ふたたび控えに退がった。

「おつかれにございましょう」

紋太夫が、それへ来て、平伏する。ほかの家臣も、ぞろぞろと並び出て、同様に、老公の疲労を気づかっていう。

「さしたる事はない」

平常の呼吸にかえっていた。手ずからそっと襟や額の汗をぬぐう。