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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

二十

井上玄桐は、さがしていた。

「ご家老。――ご家老ならあれにおられますよ」

毛氈の上から一人が指さした。見るとなるほど、彼方の廊下のかどに、陽溜りの鴨のように、庭へ向って、しゃがみ込んでいる者がある。

ひとりは鈴木安心という家中の士。並んでいるのが、家老の藤井紋太夫。

紋太夫は、食後なので、楊枝をつかいながら、何か頷いている。鈴木安心が耳のそばでいうのを、しきりに、頷いては、歯をせせっている。

玄桐は、うしろへ寄って、

「紋太夫どの。老公のお召しですぞ」

と、告げた。

紋太夫は、ふり向いて、

「は。どちらに?」

と、すぐ起った。

「はやご装束を直されて、鏡の間においで遊ばされる」

と、聞くと、紋太夫は、小走りに廊下を渡って、下段の間にいる人々のうしろをよけて鏡の間へ通り、そっと、屏風のうちを窺って両手をついた。

「……お召しでございましたか」

鬘桶に腰かけたまま、さながら舞台に在るかのように、じっと、胸を正していた光圀は、

「紋太夫か」

と、横を見た。

「はっ。……紋太夫にござりますが」

「寄れ」

「はい」

「もすこし寄れ」

「……はっ」

板敷のうえである。身ごなしのよい紋太夫は、居ずまいを崩すことなく、つつつつと辷り寄って、更に、ぴたと手をつかえ直した。