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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
……あのぶんならまずよかろう。総じて、威なければ、令も行われぬ。一郡元締役たるものが通るとあれば、知らねばぜひもないが、知ったら四辺をはらうくらいな威がなくてはならぬものだ。――里民へ徳をほどこしても、平常、威がなければ、善政もあたりまえに思い、感謝のうすいもの。……まずこの辺は、新右衛門にまかせておいても安心じゃろ」
道は暗くなっている。
ゆるい坂。畑や藪かげの平和な燈火。
微風の折々に、薫々となにがなし匂う。野梅であった。
「おや。林助が……はて?」
悦之進がうしろを見る。老公も気づかれて、
「いつのまにか、おらんの。どこで遅れたか」
と、見まわしていた。
江橋林助は、すぐ坂の下から駈けあがって来た。何していたかと訊ねられて、
「この下の河べりに、怪しげな男の影を見ましたので、糺しておりました」
と、答え、
「油断はできぬ」
と、つぶやいた。
聞きとがめて、又四郎が、
「浪人ていの者か」
「いや、旅商人といった」
「ことばは?」
「江戸者」
「ひとりか」
「ひとり」
「何していたのだ」
「脚をいためたので、休んでいるというた」
「変だな。……そしてそのまま戻って来たのか」