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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

三

「行って来るぞ」

と、右を見、左へいった。

この西山から白坂へかけては梅の樹が多い。いちめん梅の名所だった。老公は梅がすきなので隠棲の地をここに選んだのであった。――その梅の林を出て梅のなかへ老公のすがたは小さくなってゆく。

「おう、もうあんな方へ」

後からあわてて追いかけて行くのは、本藩の家臣で、今朝から目通りの機を待っていた牧野惣左衛門だった。

三

江橋林助は二十歳がらみ、渡辺悦之進は二十七、八。

どちらも若い。

そして老公の側には子飼から召使われているものなので、読書の侍坐、畑の百姓仕事、また外出の折も、かならずといってよい程、ふたりが供をした。

「林助、風邪をひいたの」

老公が馬の背からいうと、林助はくさめを放った鼻口へ、あわてて懐紙を当てがいながら、

「はい、どうもすこし。……尾籠をお目にかけました」

「若いくせに、畑へ出てすぐ風邪をひくようでは、いかんのう」

「そんな些細でひいた風邪ではございません」

「ホ、憤然と、大言したな。なんでひいたか」

「寒のうちから、悦之進どのと根競べを約束して、毎あさ暁起して、てまえは素槍千振り、悦之進どのは、居合を三百回抜くという行をやっておりまする」