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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

三

いまの元禄の江府や、諸の小都市は、そうした弊風に荒みきっていた。もちろん時代風紀は水戸にも蝕い入っていたが、からくもその濁風にみじん染まない若人のみは、老公をめぐって、無上の絢爛、贅たく、享楽、その日ぐらし――などとはおよそ反対な素朴を守りあっていた。

「悦之進、手燭をもて」

老公はそういうと、席を立って縁先へ出た。

はき物をと、求めるらしい容子なので、つづいて立った人々のうちから、ひとりが急いで沓ぬぎへそれをおいた。

「どこじゃ、その梅の木は」

「は。こちらです」

ぼんぼりを持って、悦之進はさきに歩いた。老公の白いひげに明りがゆれて行く。――客の大半も、それ見たさに、畏る畏るついて行った。

三

「この木でございます」

明りをそれへ近づけながら悦之進は、うしろの老公をふり向いた。

ふた抱えもありそうな古梅。

白緑の斑点がまるで龍のからだのように見えた。切り削がれた幹の生肌二尺あまりの痕へ、墨の文字がながれ滲んでいるのを見つめていると、木の生命が感じられてくる。――いや文字のひとつひとつも哭いているように見えた。

「…………」

老公はそれに対したまましばらく一語も発しなかった。