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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

七

実に、こよいは何となく、うれしゅうござる」

と、あらぬことをいい始めた。

酒名人の与平が、巧みに酒のあいだを泳いで、酒と戯れているなと、老公もややほの紅い頬をして、にやにやと眺めていた。

七

もとより無礼講である。こういう時だと考えたか、片手に銚子鍋、片手に杯と、両方に捧げて、ふらふらと起って来た酔客がある。

「こら、どこへ行く」

側の手が、袴をつかむと、

「老公へ、一杯さしあげに」

まっ直ぐに歩いたが、そのくせ、へたんと袴腰を落して坐った。

「おそれながら」

「ほ。わしにか」

老公は素直に、杯をとって、

「ありがとう。戴こう」

「いえいえ。おあとの、おながれを頂戴いたしたいので」

「後と前、どちらでも、同じことじゃろ」

返してやると、その杯を、額にいただいて、

「時に、ご老公」

「なにか」

「……あ、あなた様は」

「どうした?」

「わかりません。ご……ご老公のお心が」

それまでも、すこしあやしい瞼をしていたが、その若侍は、こういい出すと、ふいに泣き出した。

左の手を、膝から辷り落して、べたと畳へつくと、右の肘で、顔をこすり始めた。

「……なんじゃ、泣きおるのか。はてさて、水戸の若侍には、泣き虫が多いの。