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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

三

……ところが冬のある日、雪がたくさん降った。わしは、子ども心に、いつも乳母の卑下に同情していたので、こんな歌を書いて、女中どもの通う杉戸へ貼っておいた――

ふる雪が

おしろいならば

手にためて

小督が顔に

ぬりたくぞある

とな。それから皆、あまり乳母をからかわなくなった。それが、わしが歌を詠みはじめたいちばん最初ものであったやも知れぬ」

三

ふたりは、ふたり限りしかいないように、話にみが入って、あたりも忘れきッている体であった。

話は尽きない。

あの頃は。あの時はと。

(なんという睦じい景色)

(不幸の多い一生に、こうした知己があったらさぞ……)

人々は、ひそかに羨んだが、よく考えてみると、同じ地におりながら、四十年も相見ることのなかった老公と雪乃であった。

(羨ましいといえるだろうか)

若ざむらい達は、考えさせられていた。――出来るかしらと、自問してみた。

それにつけまた人々は、老公の幼年から弱冠時代の逸事を、幾つか、思い出していた。

みな藩の古老から聞いたことで、そのまま真実かどうかわからないが、まだ眼のあたりいるお方のこと、まちがいはないものと信じている。

老公がまだ八つか九歳の頃だったという。