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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「旦那、為のいるところで、そんなことを仰っしゃっては困りますぜ。あのお天気を、よけいおだてるようなもんでさ」
と、ともに歩いて、そこからやや離れたところに見える丸太と四分板囲いの小屋へはいって行った。
小屋の中には、切磨きした巨きな碑の石が横たわっていた。刻文のある碑面には薄紙が貼ってあるが、なおあざやかに隷書体で、
嗚呼忠臣楠子之墓
の八字が透いて読めた。
光圀の筆になったものである。
また、この碑の下に埋める石棺もでき上がっていた。石棺のうちには、一面の円鏡をおさめてあり、それにも、
楠木正成霊源光圀造立
と、してある。
道理で小屋こそ粗末なものだったが、庇を見ると、注連縄がめぐらしてある。もう御霊の象はここに竣工して、あとは塚の地形とか壇石、亀石のすえこみなどを待つばかりとなっていた。
「もう、工事は、いまが半ばというところだな」
「さようで」
と、一枚のむしろを持って来て、権三郎は、彼のために草へ敷いた。
それへ、腰をおろしながら、
「いや権三、春以来、この事では、ずいぶんそちにも無理をいったが、ご費用には限りもあるのに、仕事には、やかましいことばかり申して」