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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

また、この中には、年老いた母や父をもつ者もいるであろう。妻もあらん、子たちも持っておりつろう。……縁あらばまたふたたび戦場で会うやもしれぬが、今日のところは放してつかわす。いざ、帰れ、いざ行けよ。――と正行がいいわたした。ところが、五百の捕虜のうち、立ち去るものは幾人もなく、あらかたの兵が、おいおい声をあげて泣き、どうぞ今日からは、菊水の御旗の下で、働かせていただきたい、大義の兵となって、あなたの馬前で死にたいと――ほとんどすべての捕虜が、誓って、小楠公の手についてしまったということだ。……なんと、これが二十歳を一つすぎたばかりの若いひとに出来ることだろうか」

「…………」

「わしは、このはなしを思い出すたび小楠公その人はもとよりだが正成公の偉さを思う。また、母なるお方の訓育に頭がさがる……」

「…………」

いくら語りつづけていても、たれひとり口をさしはさむ者もなかった。ただ鼻をすすったり、ぼたぼたと涙をこぼす気ぶりだけが無心な焚火を寂として囲んでいた。

五

かれの話術がうまいためではない。かれ自身が、たれにも劣らぬほど、楠公父子、また楠公夫人を、崇敬していたからである。