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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「あ。呼んでいらっしゃる」

何はさておきと、駈けだして行った。

「お召でしたか」

ひざまずいた膝のつきよう、横においた鍬のおきよう、ただの農夫ではあり得ない。

主従ともに野良着はつけているが、老百姓のほうなど、なおさらそれに見えなかった。寒かぜに赤くひき緊っている顔は、どこか大人の相をそなえ、大きくて高い鼻ばしらから顎にかけての白髯も雪の眉も、為によけい美しくさえあった。

「林助、悦之進」

「はいっ」

「あさっては、月並の汁講の日になるの」

「左様でございます」

「今月はわしが宅をする当番であったな。みな集まって参ろうな」

「みな楽しみにしております」

「皿、杯などの数が足るまい」

「どういうご趣向にあそばしますか、お小納戸の剣持与平なども、お支度に気をもんでおりましたが」

「趣向など無用。へだてなく語りおうて、ただ一夜をたのしむのが汁講の交わりじゃ。汁には到来の猪があり、菜根にはわしが手づくりの大根、ごぼうもある。……だが、菓子は城下の浙江饅頭を用いたいな。舜水先生のお好きなものであった。先生の故国、明の浙江のそれと風味が似ておるとか。先生逝いてもう十年、お偲びする話題ともなろう」