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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
蓆掛けの中に百目蝋燭の明りがゆらいでいる。太平記読のしわがれた声が内から大勢のあたま越しに聞えてくるのだった。
「――コレヲ最期ノ参内ゾト、思イ定メテ退出アル。正行、正時、和田新発智、同新兵衛以下兵百四十三名、前皇ノ御廟ニ参ッテ、コノタビノ軍ニハ左右ナク討死ニ申スベキノ由、御暇申シアゲ奉リ、如意輪堂ノ板壁ニ、コレ今生ノ名残リゾト、各※(二の字点、1-2-22)、鏃ヲトッテ名ヲ書キ連ネ、正行ソノ後ニ、辞世ノ歌一首……」
太平記二十六巻の住吉合戦の条らしい。
勘太は、知己に会ったように、人ごみのうしろに立ちどまった。
原書に時々我流の口語や警句を入れて読んでいるにすぎないのであったが、人だかりは熱心に耳をかたむけて、みだりに咳や私語もしない。
だが、垢くさいというか、人くさいというか、異様なにおいが蒸れている。
見まわすと、あらかたの者が、町人層のうちの貧しい者だった。子を負った女だの、感にたえて眼を拭いている老人などもあるが、いまの江戸中に溢れ歩いている華奢な元禄女や伊達男や金持らしい者はひとりもいない。で、ここで蒸れているのは貧乏のにおいということができる。