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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
こういう語り草さえ残っている。
近藤なにがしという藩士が戦功によってすこしばかり加増の沙汰をうけた。
ところが、財務の上吏が、それを私的運動の結果のように、かれに恩を着せてつたえたので、近藤なにがしは、それを潔しとせず、
(ご加増は返納申しあげたい)
と、家康へ断りに出た。
家康は、事情を聞いて、処置に困ったらしく、そのときこう諭している。
(数年前、わしが城外を見まわりに出たことがある。その折、田の畦に大小が置いてあるので、ふと田の面を見ると、その方が泥田のなかで働いていたろう。その方の妻や娘どもも百姓とともに真っ黒になって汗しているのを見た。――あのときわしが、こういう苦労も長くはさせぬぞ――と、その方の家族たちを励まして帰った。今日の加増は余りにささやかだ、その折の家康が約束の一端と思うて、受けてくれよ。何もいわずに)
と、宥めたそうである。
近藤なにがしは、感泣したきり何もいえなかったとある。
こういう例を見ても、いまの諸侯や旗本の祖先が、どんな艱難の中に、志を立てていたかがわかる。その祖先といっても、まだ決して遠くはない。いまの元禄人士からつい二代前か、三代前の人々である。