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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

だが、その憚りがちな小声も長持ちしなかった。はなしに熱しると、つい忘れてしまうらしい。介三郎のそれよりも、かれに対している客のほうがしばしば激越となり勝ちで、また声も大きかった。

「――いや何もおれとて、老公のなされているご事業にたいし、またご精神にたいし奉り、寸毫、異議あるものではない。国体をあきらかにするための浩瀚な書物の版行、湊川のご建碑、事々にけっこうなお企てと思っておる。けれど、それぐらいなご実行で、この滔々と濁りきっている元禄の時流が革まると期しておられるなら、それは大まちがいだと、おれはいうのだ」

これは客の声である。

介三郎は答えていう。

「老公がいつも口ぐせのように仰せられるのは、死後の花見ということだ。生きている短いあいだにしたことを、生きているまに、その効果をご覧なされようとはお考えになっていない」

「百年の後を待つということか。なるほどそれは、老公のご人格らしいし、またゆかしいお心がけにはちがいない。けれど、いちど根まで枯れ果てた木から花は見られまい。世の中の廃頽も、余りに度をこえて腐りきると、救い難いものとなるし、それを革めるには、乱世の惨事と地を蔽うほど血を見ねばやれなくなる」