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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
猫の跳ぶような跫音が、ばらっと、縁の上から下へ降りた。ひとりやふたりの物音ではない。
又四郎は、ふり向いて、介三郎へ小声をかけた。
「……迷惑をかけたなあ。隙を見て、外へひっぱり出すから、貴公は、そのまま坐っていてくれ。貴公を縄にかけようとはしまい」
「迷惑などかまわぬが、何だ……いったい?」
「町奉行の手先だろう」
「捕手か」
「捕手に追われる覚えはないが、罪のあるなしなど問題ではないのだ。いまの幕吏の半分は、吉保の私兵といってもいいものばかりだからな」
「もう、先にも、覚られているのか……」
「水戸浪人と聞くだけでも、吉保はおぞ気をふるう。おれのあとには、絶えず何者か眼を光らしたのがつき纏っている。――が、案じてくれるな。そんなものに、手ごめになる又四郎ではない」
いい終ると、又四郎は、身をのばして、ふッと行燈をふき消した。そしてそのまま、介三郎のそばへ寄って来て、かたくかれの手を握りしめていった。
「佐々。暴言ばかり吐いたがゆるしてくれ。どうか、おぬしだけは、老公のお側にいて、おれの分まで、忠勤をたのむぞ。もう会えぬかもしれん。おさらば」
がたっと、障子の桟がつよく鳴った。