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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

そして意外ともしなかったのは吉保だけであった。むしろこの獲物をよろこぶ色さえ顔に見せて、

「その辺の樹に縛り付けて、二人ほどで見張っておれ。あとはみな部屋へひき取れ。立ち躁ぐほどのことはない」

かれは、静かに室へもどって、ふたたび検校へ背を向けて坐った。

「もうすこし、肩をたのむ」

検校は、すぐかれの肩へ手をのべたが、指先にみだれがあった。

「……何があったのでござりますか。お庭先で、曲者でも捕まったような?」

「検校、曲者は、そちのいつも連れておる者だという。物騒な人間をそちは供に連れあるくな」

「えっ? ……わたくしの」

思わず腰をついて、検校は吉保の背で大きくためいきを洩らした。すると、そこのふすまを開けて紋太夫がまた告げた。

「検校には、おそらく近ごろ雇い入れた新参でござろう。いま、てまえが見て参ったところ、案のじょう見覚えのある者でした。――曲者は水戸の者です。しかも西山荘のお側近くに仕えていたさむらいの一名にちがいございませぬ」

八

検校は、見えぬ眼を開きそうな顔して、しばしは唖然と、愕きに打たれていた。

日頃、まめやかに、盲人の自分に仕えて、よく気づくので、愛していた若い小者が、水戸のご隠居の直臣であると聞いては、自失するほど愕いたのも――いや恐怖に襲われたのもあながち無理ではなかった。