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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

に虚構を信じさせるべく努めた。

「はや、夜も更けよう。帰ったがよい」

吉保にいわれて、検校は、檻から放たれたような気がした。

倉皇、立ちかけたが、

「こよいのことは、何とぞ……」と、思い出したように、何度も詫び入った。

「まさか故意に、あのような供を召連れて来たわけでもなかろう。ただあの男の――水戸の江橋林助とか申したの――身がらは此方に申しうけるからそのつもりで」

検校が帰ってゆくと、

「てまえも、はや」

と、紋太夫もいとまを告げ、また幾日かをおいて来ることを約した。

彼の帰るのを機に、お蕗も家臣にまもられて、奥の棟へ立って行った。ついに一言もものをいわずに。

――が、長い廊下を遅々と歩いてゆくあいだ、かの女は庭のほうを、面伏せな眼のすみから、どれほど懸命に見たか知れなかった。

老公の家臣が、水戸のひとが捕われている。ということを知っただけでも、彼女の胸はさっきから狂瀾に似て鳴りさわいでいた。

けれども、庭面は暗かった。

大きな木の影は星をかすめていたが、木の根がたの人影は分らない。ただあのあたりにと、眸をいためただけで通りすぎた。

しかし、そこに縛りつけられている江橋林助のほうからは、たしかに見えた。