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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
故人卜幽軒の学風や趣味によるものであろう。
「すぐお弁当をめしあがられますか」
いま来たばかりというのに、もう性急に、又四郎は訊く。
老公はひたと坐って、
「まだ早かろう。中食には」
「もう午刻で」
「さようか。さてさて達者なようでも、やはり年よりの足かの」
「粗末な湯漬を支度しておきましたが」
「馳走になろう。……が、むだなものは並べるなよ」
「はい」
退りかけると、
「いそぐには及ばぬ。まず茶をいただこうで、しばらくそれにおれ」
「はい」
「又四郎も当年、もう三十に近いはずじゃの」
「悦之進どのと同年です。恥ずかしい至りです」
「なにが恥ずかしい。そちたちの世ではないか」
「にもかかわらず、かくの如くに、亡父の遺物の書斎に、なすこともなくくすぶっておるので」
「潜心、自分を培って、他日を期しているならよい」
「だめです。鈍才だから」
「鈍才も尊い。黙って、地下百尺にうずもれたまま、事成る日まで圭角を見せぬものは、名利の中に仰がれる才物より、どれほど、たのもしいか分らない」
「そんなのではございません」
又四郎は、無愛想にいう。
亡父の卜幽軒に似て体つきも貌かたちも恰好のよくない青年だ。