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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
みなお次の功といえる。
そればかりでなく、いまなお、柳沢家のうちに、盟友江橋林助は、生きていることも分った。
やがて、水戸家に対して、重大抗議をなすべき生証拠として、殺されずにある――という消息なのである。
しかも、次の将軍家臨邸の機会には、直接、それらの事も訴え、また、紋太夫から献じてあるお蕗を責めてその口から、黄門光圀は乱心されている――乱心でなければ、幕府を仆そうと謀んでいることは本心になる――などという讒言を、直々にいわせようと、あらゆる画策に怠りない様子であるとか告げている。
水戸の当主綱条は病弱、老公は乱心か叛心か、いずれにしてもそのままにおけない存在とすれば、幕府はここに否応なく大きな処断を強いられよう。しかも三家の一とあっては取潰しもできない。根本から改革を命じて来よう。当主の隠退と、次の擁立はここに実現する。そして、その任にあたる者は誰かとなると、藤井紋太夫以外にはない。
「まず、元兇を。――次に藩の害賊を」
又四郎はみずから固く誓って、機を窺っていたのである。
その日は来た。お次からの知らせによると、この春にはまた柳沢家へ将軍家の臨邸があるらしく、その準備のうわさも聞くが、それを前にして、近頃、紋太夫が柳沢家へ行くことも足繁くなっている――と。