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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
すると林泉の奥に、チラと灯が見えた。こつん、こつん、と六尺棒を突いて来る音がする。
石橋の上を、三名の影が渡って行った。提灯をたずさえている。いうまでもなく、庭番であろう。高声ではなしながら去った。
「まったく、ものをいったことがない。たれもあの女の声を聞いた者はないだろう」
ふと、そんな片語だけが耳に残った。又四郎には、もとより何の事か、解せなかったであろう。
けれどかれは、その一語から直覚をつかんだ。庭番たちの影がいま審さに見廻っていた奥の一棟である。そこは橋廊下があるのみで本棟と絶縁され、ちょうど浮御堂のように木の間の中にぽつねんと建っているが、そんな人もいないような所を、なぜ厳密にしているか、不審をおぼえた。
「もしや、ここに?」
かれはいつか、その浮御堂を巡っていた。そして窓を仰いだり、橋廊下の上の戸を窺ったりしていた。
そこは厚い板戸で錠がおりている。窓も閉まっているし、灯影も洩れていない。
「……やはり誰もいないのか」
と、思うほかなかった。
ところが、微かな音がした。たれか小窓の戸を内から細目に開けたらしい。又四郎は、下に這って、のぞき上げた。