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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「松兵衛は、囚人を逃がしたらしい」

と、問題になりかけた。事実、かれは殺すにしのびず、囚人に衣服路銀を与えたうえ、懇ろに意見を加えて国外へ放ってやったのである。

為に松兵衛の身が罪に問われそうな形勢であったが、すぐ翌々日、光圀は家臣のいるところへ彼を召して、

「松兵衛、おとといの試し斬りはまことに上出来であったぞ」

と、称讃したため、ついに事なくすんでしまった例などある。

また、農夫の長作という者が、禁断の鶴の池の鶴を殺した事件があった。もちろん打首である。光圀は折ふし那珂の賓閣にいたので、庭の砂上に縄付を曳かせ、自身刀を取って、長作のうしろへ迫ったが、ふと、従士中村新八をふり向いて、

「この首が落ちたら鶴が生きるかの?」

と、たずねた。

光圀は、刀を下ろして、刀の平をひたと長作の頸に当てがい、

「これから法は犯すな」

と、諭し、また家臣へ向っては、

「禽獣のため、人を殺すは不仁である。法も行き過ぎてはこれを明かに処すこともできず、法なきほうが勝るようなことになる」

長作の身は、命じて長屋で飯を食べさせ、領外へ逐放してすましてしまった。

かれの仁は、死罪とされた無名の白骨にも及び、毎年、久昌寺で供養させた。