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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「――とは申せ。大切なおん身にござりまする。何とぞ、ここは」

「しかし光圀とて、暴虎馮河の愚は振舞わん。格外も供せよというからには、いささか存ずる旨もあればこそじゃ。――介三郎、そちはな、すぐ光圀が旅立ちを玄関の者へ申し触れよ。供ぞろいせよといいつけい」

「はっ。……して、ご隠居さまには」

「しばし、この梅ばやしの奥で、梅の花でも観ていよう」

「お支度などもございましょうに」

「供人を連れ、医師をつれ、出府の道中して参る光圀は、もう支度もすまして、はや乗物の内におろう」

「えっ……? では」

「ひそかに行け」

光圀は、なおも木蔭の密な林の奥へ、そぞろに足を移していた。

介三郎はすぐ察した。

老公は、老公の身代りを駕に乗せて、世間の眼を、それと信じさせ、自身はあとから、べつに密かな行動をとる考えでいるにちがいない――。

不老沢には、なお数名の老臣たちが、生涯扶持をもらって、養われている。その中には、老公が青年時代の黒頭巾組にいて、老公の留守中には、老公の身代りをやっていたいわゆる「影の者」がまだ生き残っていた。

もちろん、その「影の者」なるものは、呼べばいつでも山荘へ来る。