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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

老公もつづいて側へ行ってみた。

「この面体は、よくご存じでございましょう」

と、格外は、傷負のうえに馬乗りになりながら、老公のひとみを覗きあげた。男のこめかみには小柄が深く突き刺さっている。血と泥にまみれて、それはふた目と見られない形相に変っていた。

「おお……日ごろ台所におる庖丁人のひとり。格外、なんでむごい手を下したのじゃ」

「見過ごせば、たちまちすべてを、ご城下のさる場所まで、密告しに走りましょう。この庖丁人も、紋太夫の息のかかった一名です。幸いに、その後の渡辺悦之進は、ひとつ穴のむじなと化してこやつの顔を見知っておりましたから、未然に防ぎが出来ましたものの、ご身辺諸事、およそかくの如きものと思し召し、ゆくゆくご油断あそばさぬように」

十四

老公は憮然としていつまでも唇をつぐんでいた。その唇は白髯につつまれながらやや顫いているかに見えた。――けれど相変らず慈愛にみちている眼は、格外の脇に組み敷かれている庖丁人の男の顔を、傷ましげに見つめながら、

「格外、その者をころすなよ」

と、注意することを、なお忘れなかった。

格外は、老公の寛大に、むしろ呆れたが、気がついてみると、庖丁人の男の抵抗は、もうぐったり弱まっていた。