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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

と――もっぱら真しやかに憂うる人々もないではない」

「…………」

「紋太夫」

「……はっ」

「わしを信じろ。わしはまた、飽くまでそちを信じよう」

「…………」

畳に汗の音がするばかりだった。紋太夫の膝の両手は、いつか下へ辷り落ちていた。

「……のう。主と家臣とは朝に更り夕べに変ずるような、そんな軽薄なものではあるまい。隠居はしても、光圀のそちに対する愛、また信、すこしも変らぬつもりである。たのむぞ、この上とも、当主の輔佐や、吉孚の将来を」

「…………」

「武骨者の短所といおうか。光圀かつて、大藩の主にありながら、しきりと思いを国のゆくすえにのみ患い、財を散じ、臣を労し、なおその業は中道にある。ために家士一統には破衣粗食を給しながら、見れど見ぬが如くし、また、家老たるその方などにも、財務内政の経営に長年の辛苦をかけ、これも知りつつ知らぬがような体をして過ぎ、ひたぶるに唯、わが願いたるところへ微力をつくして参った。――いや、そうして来られたのは、すべてとはいわぬが、その方の働きによるところ寔に多かった。そちに財賦の才なく、経営の巧みなければ、おそらく藩政の破綻、百姓への苛税など、まぬかれぬところであったにちがいない」