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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

と、笑ってすぐ、

「又四郎、さらばだ」

と、席を起った。

又四郎は、そのまま、

「帰るのか」

「友ならぬ異心の友と、酒を飲んだところで酔いもせぬ。おそらく今生の事はこれ限りだろう」

「そうか」

「――が、もう一言又四郎へ贈ろう。棒はついに棒でしかなかったな」

「なに」

「貴公はしきりと、いちど失敗した轍を二度は踏まんといったが、その失敗は、棒自身が、棒であることを知らず、剣のごとき気をもって、浅薄な計画で敵へ近づいたからだ。――その折、貴公をいさめたのは、貴公のそうした浅見を誡めたのだ。……今日、それを口実に、最後の一挙から逃げるとは余りに性根のない心底が見えすぎて、むしろ愍然を感じる。せっかく美しい女房を可愛がってやるがいい。……ははは、これが訣別の辞だ。又四郎、悪く思うな」

さっさと、部屋を出て、介三郎はうろたえるお次より先に、ひとり玄関へ去ったかと思うと、もう庭の闇で、門の鳴子が鳴っていた。

ちびり、ちびり、又四郎はそのあいだを、手酌で二、三杯飲んでいたが、ふいに起って、

「お次、穿物を出せ」

と、障子をあけた。

帰った客のことばといい、良人の顔いろといい、お次は、胸さわぎに、答える声も出なかった。