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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
否やはない、又四郎も歩いた。
町へ出る。街道すじは、寝しずまっている。
夜半の風は、針のようだったが、ふたりは寒いとも思わなかった。いや二里もあるくと、肌に汗をすら覚えた。
明判を仰ぐと決めた以上、ことばの端にも、もう無益な論争は避けようとするらしく、どっちも口をきかなかった。
飽くまで無言のまま歩いた。
いつか、道はほの明るい。朝霜のうえに、田の薄氷のうえに。
「お。……夜が明けた」
急に、はなしかけたわけではない。一方の独言である。
そして、増井川の桃源橋まで来たときだった。こんどは、ふたりともが、一緒に驚きの声を放って、
「やっ? ……。彼方から来るお駕籠の列は」
「老公のお出ましらしいぞ」
「はてな。乗換馬まで曳かせて」
「もしや、ふたたび」
共に身を橋の傍に避けて、霜の大地にひざまずいていた。
七
供の顔ぶれはいつもより目立って多い。井上玄桐という侍医、大森典膳という老職、そのほか、御物書の鹿野文八、用人の剣持与平にいたるまで、日ごろ側近く召使われている顔はことごとく列に見える。
――といっても、駕籠、乗換馬を曳く小者まで加えても、せいぜい三十人は出ないが、老公の他出に、これだけの列が下って来たことは、西山開かれて以来の壮観である。