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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「そうだ、時をたがえてはなるまい。すぐ藤井紋太夫の邸へまわる手筈になっておる。――ご免」

駕について来た人々は、ふた手にわかれた。一方は飛ぶがごとく元の道へ、また、海野三右衛門、剣持与平、鹿野文八の三人だけは、べつな道へ急いで行った。

江戸川の片側町から横へ曲がる。高台へ拠ってかなり大きな構えである。藤井紋太夫のやしきはそこだった。

そこの表門へ向って、四、五軒ほどてまえの屋敷塀の角まで来ると、

「待てっ」

と、横からとび出して、両手をひろげた男がある。

何者かと、遮られた三名が、ひとしく飛び退いて、ひとみを凝らすと、それはいつかの汁講の晩、満座のなかで、泣いて饅頭を喰べていた男――あの勘太であった。

「やあ勘太、そちもここへ、何かしに来ているのか」

剣持与平は、かれの物々しい足ごしらえや、道中差を落したすがたを見て、不審にたえないような顔をした。

十二

勘太は、剣持与平らの不審にこたえていう。

水戸表でもこんどの老公の出府に不審をいだく者がすくなくない。

ある者は、

(きっと、大事件が起る)

と、風説し、また一部では、

(こんどのご出府こそ、老公がさいごのものとなるであろう)