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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
丸窓の下に、一脚の机がある。
家臣は、ここを御学問所とよんでいた。かれの書斎であり独想の室であった。
小納戸役の剣持与平が、縁づたいに急いで来てその外にひざまずいた。
「いつのまに、畑からおもどりでしたか。少しもぞんじませんでした。……ちょうどご城下よりご家中の牧野惣左衛門どのが見えられて、つい話しこんでおりましたために」
「惣左が来ていたか」
「なにかお願いの儀がありますようで」
「古いあのことであろう。毎度申しおるゆえ」
「そうらしゅうございます。――ずっと以前、老公より惣左へ、お口約束をされた由ですから」
「約束を。はて?」
「いまは会うこと成らぬが、儂が隠居でもした後には、ゆるゆる会ってつかわそう――と、かように惣左衛門どのへ仰っしゃったことがおありだそうで」
「おお、なるほど、出府のみぎり、途上の旅舎で、思い出ばなしから、ふとそんなことを申した覚えがある。――それもはや十年も前なのに、よう忘れずにおるものじゃ」
「惣左どのは忘れても、その日を待って待って待ちぬいておられるお方のほうでは、死ぬるまで、忘れる気づかいはない――と、惣左どのも、肩の重荷にしておられます」