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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

一方の佐々介三郎は、勝手を知っている老公の居間なので、いつもの通り錠口までかかると、杉戸の陰から、ふいに、

「何者だっ」

と、烈声をひとつ喰った。

見ると、侍側の加治与惣兵衛と、老臣の河合寸阿弥である。顔見あわせるなり、詫びるように、

「おお、佐々どのか」

と、声をひそめて、かさねていう。

「……お待ちかねだ。二度ほど、介三郎はまだかと、御意があった。……早く」

と、促す。

「ご免」

と、介三郎は通ってゆく。

ふたりはまだ後にのこって、錠口の出入りを、厳然と見はっていた。

「ただいま、もどりましてござりまする」

介三郎が、縁に手をつかえていうと、すぐ物のひびくように、

「帰ったか」と、老公の声であった。

「はいっ、ちと、遅う相なりましたが、諸事つつがなく」

「つつがなく運んだか」

「まずは」

「やれ……」

と、初めてほっとしたように、老公はつづいていった。

「大儀であった。はいれ、介三郎ずっとはいれ」

十七

そこには介三郎より前に他のふたりの臣が来ていた。

さきに、藤田将監のやしきへ向った組のひとり、秋山村右衛門と、綱条の重臣、阿部七兵衛であった。

ふたりの協力によって、将監の家から没収して来た古手紙や覚え書らしいものが、老公の膝のまえに、夥しく、選り分けられていた。