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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

たれか知ろう、この舞手がたったいま、一殺の利剣をもって、幾生のいのちを救って出て来たものとは。

無心に能を見物している藩士の家族のうちには、紋太夫の連判に名をつらねている者の妻や母や子達もかならずいるはずだった。――が、春日龍神は、その罪を追おうとはしなかった。いやそれらの家族たちまでも、ひとしく今日の一日を楽しませていた。

*

楽しまずして何の人生ぞや。老公の口ぐせである。

楽しみある所に楽しむことはたれもする。が、そんな浅い楽しみ方ではまだ人生を真に噛みしめたものではない。

楽しみなき所にも楽しめる。

苦しみの中から苦しみの楽しさを汲み出せ。

こんこん人生の楽しさはそこから無限に湧いて来よう。

なぜならば、人生とは、母胎の陣痛から始まって、すべての快は、苦を越えなければつかみ得ないものになっているから――というのである。

「……介三郎、悦之進。落葉をかぶせて火をかけい」

ここ西山荘の庭の一隅。

江戸表から帰来早々、老公は一夜人々をあつめて酒をもてなした。何かこころに一快を覚えるものがあって、家臣やその家族をねぎらう意味らしくあった。