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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「猪をどうするのだ」

「やはりこん夜のお客衆に出すのではございませんか。遠くの流れへでもかついで行って、解けと仰せつかりましたので」

「あ。料理するのか。なぜ庖丁人がしないのか」

「老公はお鼻がきくので、もしほかの器に血ぐさいにおいが移ってはいけないからということでして」

「それであんな遠くのほうに置いてあるのか、途方もなく遠くにあるぞ、こっちへ尾いて来い」

林助は、先にあるいて、庭園もほとんど尽きる所の、垣と畑のさかいまで行った。

不用な農具など入れてある捨小屋がある。その中に猪が吊ってあった。

「なるほど大きい。これはわしでもひとりではちと無理だ。江橋さん、坂の下の小川まで、片棒かついでくれませんか」

「きょうはだめだ。きょうみたいなご用の多い日に、薬研のまえに坐っているのでも分るだろう」

「? ……。そういえば、さっきからすこし跛行をひいていなさるようで」

「これでも、よほど我慢しているのだ」

「どうなすったので」

「だれにもいうな」

林助は、袴のすそをまくってみせた。

左のふか股が半分以上も繃帯されている。その白い布には血の斑点がにじみだしていた。

「刀傷のようじゃございませんか。