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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

――また覚之丞が、わしの鼻息など念とせず、そちを蹴落したのは、郡奉行の職を、大切に奉じたことで、見あげたものじゃ。わしは藩政にかかわりない隠居、わしの頼みでも成らぬことがよく分ったであろう。それで了簡せい)

(……へい。よくわかりました。もう二度とは、身に過ぎた願いはいたしません)

と、彦兵衛が、身をちぢめて、詫び入ると、

(いや、ほんとに、刀のひとつもさしてみたいと、志を立てるなら、ひとの為になるような功を積むがよい。自分のために耕す田畑を、もういちばい拡げて、村じゅうの喰えぬものはみんな自分の鍬ひとつで喰わせてみせるという誓願を立てい。それからだの、そちの望みは)

(はい。はい……)

いよいよ背に汗をうるおしていると、もう一ついわれたというのである。それは、

(彦兵衛。馴れるはよいが、総じて、馬扁で馴れるに止めておけよ。で狎れてはいかん。ははは、さあ一局やろう、盤をもて)

あとにも先にも、叱言をいわれたのは、この時だけであるけれど、いまでも思い出すと、ひや汗がながれて来ます――世のなかに老公ほどやさしいお方もないが、老公ほど怖いお方もありませぬ――と、彦兵衛はいま、持ち出そうとする猪をまえに、小屋の口で、そんなおしゃべりを長々していた。