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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「あの頃の三、四年は、あとで覚えもないほど、わしの血気は、無我無性じゃった」
「ほんとに、お元気でいらっしゃいました」
「いやいや、元気というよりは、手におえぬ暴君、よくいう不良というほうじゃろう。わしの青年期のひと頃を思えば、これにおる少将どのの家中などは、若いに皆おとなしくて善良なもの」
「そう仰せられますと、いろいろな事どもが、思い出されて参ります。……お父君の大殿さまにおかれても、お姉君の糸姫さまにも、ずいぶんご苦労をおかけあそばしました」
「いや、わしほど親不孝なものは少ない。父頼房の側室久子を母として生れたが、生れ出る時から、父の家庭に、ひと方ならぬ煩いを起したらしい。……それがため父は、悩みに悩んだあげく、妊娠っているわしの母へ。……産むなよ、ひそかに水にして、流産してくれよ……と、泣いていいふくめ、江戸のやしきより水戸の三木仁兵衛が家に身を預けられたものじゃ」
「お産まれあそばす時から、ふしぎなご運命でございましたの」
「まこと、この光圀は、ひとの象をそなえぬうちに、闇から闇へ、ながれ去る身であった。――それがいま六十五齢、実にふしぎな生涯ではあった」