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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
(どうじゃ、わしの考えは)
かさねて問われたので、ふたりは正直に、
(左様な思し召は、ご理想としては、しごく結構ですが、とても行われるものではありません)
と意見した。
なぜかとの光圀の反問に、人見又左がまず、三つの至難をあげた。
(記紀、六史以下、参考の書籍が世に乏しいこと。また、学者は多いが、史筆の人材は、極めて、稀であること。次に、そういう計画は、まことに当代の盛事にはちがいないが、莫大な費用を要するであろうこと――)
光圀は、すぐ、
(史学の才がないというが、いつでも、人材はないのでなく、人材の出る途がないから出ないのだ。わしがこの大業を創めれば、世をあげて、史才の学徒が輩出してくるに決っておる。次に古書典籍の史料は、案ずるに及ばぬ。わしは無限大な蔵書家を知っている。それは日本という持主である。この国にある限り古書文書はすべてこの業に用いらるべきものだ。私蔵して秘するものあれば、光圀が自身出向いて借りうけてまいる。それから費用? ……費用のことはよくわからぬが、水戸三十余万石を傾けても足らないほどか?)
七
夙に、この若殿の英才はみとめているが、何といっても、まだ十八の世子、部屋住みの青年である。