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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
なんでみなごろしに出来よう。国賊と呼ばねばならぬ不心得者でもあるなれば知らぬこと――と、そう自分を寛く大きく考え直させてくれたものも、実は、楠公のご精神が、ふと、咄嗟に胸にひらめいたからであった。楠公の嫡子正行公のなされた事だが……」
「それは、どういうご事績ですか。……もし、あの時、あなたがわれわれを、みなごろしにしようとしたら、みなごろしの目に遭ったでしょう。……数百年まえの楠公父子が、われわれ如き末世のやくざを、救うてくれたかと考えると不思議なここちに打たれます」
「では、おはなし申そうか。……たれか、焚火へ薪をもすこし差しくべないか」
「へい」
と、職人の為が、薪をかかえて来た。
介三郎が、楠公を語るときは、石権を始め、ひとみをかがやかし、そのあいだ一語も発しないのが常であった。
また、花隈の熊だの、そのほか無智な者も、碑にたいして、日頃から疑問をもっていたし、牟礼大八や浮田甚兵衛と似たような、真人間への意欲をしきりと抱いていた折なので、みな神妙に耳をすました。
「この湊川で――」
介三郎はまず、遠くを指さした。
みな振りむいた。
ただ暗い冬の夜と、寒々しい枯野のなかを、湊川の水音は淙々とすぐそこに聞える。