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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「だまれ」

はじめて色を作して、老公は叱りつけた。

「奸賊とは誰をいうか。御民みな大君のおおみたから、わけても予が膝下よりそだてて労苦をともにし、いま綱条に仕えおる水戸の臣に、奸賊などと名づくるものはおらぬ」

「おります」

「おらぬ」

「ご家老の藤井紋太夫、藤田将監などの一類が、何をもくろみ、何をしているか、老公のお眼には」

「これ」

老公は、横を向いてしまう。

そこにはさっきから、侍座の江橋林助と渡辺悦之進が、又四郎の臆面なしを、はらはらしながら見まもっていた。

「はっ、なんぞ?」

「うるそうてかなわぬ。この棒をわしの眼のまえから片づけてくれい」

「棒とは」

「ここにおる棒のような男」

「はい」

林助と悦之進はすり寄って、又四郎をなだめながら奥へ連れて行った。

「…………」

黙然と、湯漬が出るのを待っているあいだ、老公の面には、棒の無礼を怒るよりも、ひとり自分を責めるような色があった。

「藩の困苦窮乏は、たれが齎したものでもない。この光圀があえて求めたものである」

かれは何事も基本をそこにおいて考えた。故に、それから生じているところの事々に、いまも深く責任を感じている。