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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
二
「いかになりゆくやら。――要するに水戸も腐えた時代の外ではあり得ないというに尽きる。世は元禄――ここも元禄の世間のうちだ」
「悦之進。では、行って来る」
「帰りは、夜か」
「さあ、分らぬが」
「夜にかかったら、途中、油断を召さるな」
「ははは。それだけは、だいじょうぶ。……きれいに染まったなあ、漆の葉が」
呟きながら介三郎は、もう解けかける霜の道を、ひとり淋しげに出て行った。
二
どこかで脂の濃い魚を夕餉に焼いているとみえる。庭園の疎林や泉石は閑雅だが、立ち迷うけむりは、ひどく実生活を思わせる。
「女房。――女房」
卜幽軒の主は、その魚のけむりに閉口したものの如く、書斎の障子をひらいて、例の、棒の如き一身を、黙然と、暮るるにまかせて独座していたが、ふと、奥へ向って、なおこういった。
「鳴子が鳴っている。柴門の鳴子ががたがた鳴っている。たれか来たのだろう。開けてやれ」
「はい」
魚を焼いていたひとであろう。勝手口から出てゆくすがたが見える。荒涼、廃園にひとしいほど、あるじの又四郎が住み荒していたこの家も、どこか艶が出ていると思われたら、故あるかな、このひとがいた。
このひととは、いうまでもなく、かれが呼ぶところの女房である。