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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
やや離れて、ひざまずいている人々も、その胸のうちを酌まずにいられなかった。又四郎といい林助といい、実に子飼から老公の手塩にかけられた者たちである。
老公としては、家臣とか下僕とかいう以上に、自分のたましいをふきこみ、自分の信条をもって訓育してきた子弟でもある。
それがいま、日頃の訓誡をやぶって逐電したのであった。あきらかにこれは老公が裏切られたかたちといえる。やりばのない憤りを抱いておられるか。また、老来いよいよ淋しくなるばかりな孤寂を嘆いておられるか。――いずれにせよ人々は、星の下にみな頭をさげて、あまりに老公の佇んでいることが長いので、夜風の冷えを案じたほどだった。
と。ふいに、
「不埒者っ」
大きな声が風を割った。
愕として、みな老公の手を――いや古梅の幹を凝視した。
老公は、抜きはなった脇差のひややかな鉄肌をもみ紙でそっと拭いていた。捨てられた紙に樹液のにおいがする。
又四郎と林助が書き遺したそこの文字は、ひと太刀できれいに幹から斬り除られていた。老公はもうその前を離れて、
「又四郎、林助のふたりは、もとより少将の家臣ではないが、こよいかぎり西山荘の出入りもとめる。