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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

五

ふと見ると、若ざむらい達の黒いあたまの中に、老公の白いあたまが見えた。猪鍋をかこみあって、老公も箸を出しているのである。

「あ、そちらで」

「わしのお客は、見えたか」

「ただいま、お控えまで」

「雪乃と、惣左か」

「さようでございまする」

「まひとりは、誰か」

「ご息女の蕗どのを、お伴れなされましたので」

「ホ……あの娘か」

老公が、思いあたって、そう呟くよりもさきに、

「え、お蕗どのが」

満座の若ざむらいがみな動揺をおこしていた。急に酔が発してきたような顔も見当るし、わざと、さりげない話をとってつけたようにし出す者もあるし、露骨に、

「いよう、思いがけない美人がこのあたりへ匂って来たぞ。猪鍋に天女が天降って来るとは、むかし噺にもない」

と、手の杯を、額のうえに押しいただいて、

「帰妙頂来」

と、さけんで、ひとを笑わす男などもあった。

五

憂いの多い時代である。しかし憂えているばかりが憂国ではない。

こういう時、ほかの必要も大いにある。

――身命を大事にすること。

ごく手近に、この辺から憂国すべきであろう。自分自分の所有としている身命も実は国有物で、個々のいのちは国のいのちの一分子にすぎない。