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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
四
「はやいはなしが、この碑を建つという仕事にせよ、及ぼすところは、無限だろう」
「だが旦那、いったい黄門さまは、何を思い出しなすって、ふいに、楠木正成さまの碑なんぞお建てになる気になったんですか」
「いまの世のなかへ、地下の正成公を、およびする必要をお感じになったからだ。――ただ草蓬々の塚をあらためてご供養するだけなら、これはご隠居さまのお名をもってなされなくても、どこかの坊さんに頼めばいいわけだからな」
四
職人かたぎだ。初めのうちは、こんなはなしなどに、耳をかたむける石屋の権三郎でなかったが、佐々介三郎のそばにいるうち、いつか変ってきたのである。
ところが、その親方の石権以上に、介三郎がそんなはなしでもして聴かせていると、かならず物蔭か、うしろに佇んで熱心に聞き入っているもうひとりの男があった。下職ではない、石工の手伝いをしている人夫である。
「勘太、勘太」
と、みなから呼ばれていた。
その勘太というのは、この五月上旬、佐々介三郎がいちど国許へもどって、西山荘の老公から直接いろいろな指図を仰ぎ、またその折、老公の筆になる碑銘の「嗚呼忠臣楠子之墓」の揮毫もできていたので、それを大事に持って、ふたたび上方へのぼって来る途中――箱根の山で拾った男であった。