轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
拾ったというと語弊があるが、彼が箱根で山駕にのると先棒をかついでいたのが、この勘太で若くて体もいいのに、ひょろついてばかりいる。そしては後棒の雲助に、
――どじめ。しっかりしろい。
と口ぎたなく罵られるので、介三郎が見かねて訊ねてみると、後棒が、
――こいつはまだ、箱根で稼ぐなんざ、無理なんでさ。なんたって、つい一月ほどまえから、初めて駕をかつぎ出した野郎ですからね。まだ一人前の雲助たあいわれませんや。靄助ぐらいな新米なんで。
それから介三郎は、宥りと、旅の興とで、
――もや助、もや助。
と、おもしろ半分に呼んで、つい三島まで乗ってしまったが、三島の休み茶屋で、そのもや助が、
――旦那がいつも、下に置いたことなく、大事そうに持っている物は、いったい何ですか。
と、たずねた。
介三郎が答えて、携えている物は、さる貴人のお筆になった碑銘の草稿であると、楠公建碑のことを、てみじかに話して聞かせるとひどく感服して、
――じゃ旦那は水戸ですね。
と、ふと、人なつこい眼をした。
空駕とわかれて、千本松原のあたりまで来ると、後棒者も駕もすてて、もや助のみが一人で、