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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
近ごろ、どうかすると、この太平記読の小屋が、上方でも関東でも見かけられたが、太平記読の声がするところ、かならず貧乏人のにおいがした。
もっとも、ほかの世間は、余りにも紛れるものが多すぎた。寛永元和の戦国期にわかれを告げて六十年余、江戸の文化は、芳醇な新酒のように醗酵して来た。いや元禄にはいっては、もうその吟醸の適度をこえ過ぎて、腐敗に近づき、麻痺と狂酔に世をつつんでいた。
奈良茂、紀文、難波屋、淀屋などという黄金の城廓によるものが、武人に対立しだしている。小成金はその下に数えきれないほど出来た。その数には入らない者でも、それらの者の黄金色な世界を挙げて羨望した。武士すらその風潮にそまり、それと妥協しそれと音物のやりとりすることを、公然と表門からしていた。
まだ春さきのうすら寒い河岸ぷちに佇んで、百目蝋燭一本のゆらぎしかない掛小屋の太平記読などを聞いていようという庶民では、もちろんかねがない人たちにきまっている。黄金があり余って、女の下駄や、花見の竹の皮までを、黄金色にしても足らないような元禄の今と、ここの人々とは、およそ縁なきあいだがらであった。