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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

又四郎は立つやいな、勢いよく、そこを開けた。そして一足跳びに縁をこえ、外の闇に突っ立っていた。

「――何か用か、野良犬たち、外へ行こう。ここは旅籠、相客にも友だちにも迷惑。外へ来い」

あたりの暗がりへ向って又四郎は話しかけていた。井戸の影にも、木の影にも、縁の下にも尻に根の生えているような人影がうごかずにいた。又四郎はくつくつ笑いながら、裏手の垣根をこえて、稲荷の境内のほうへ行ってしまった。

だが、かれのあとを、すぐ追いかけて、組みつこうとする者も縄を投げる者もなかった。

この辺の番太や町同心や、また町内の者にとっては、人見又四郎などという人物の存在は、まったく関知しないことだった。

「……おかしいぜ?」

「神田河岸で、植木職の安をころして逃げたさっきの暴れ者たあ、まるでちがう」

「あの田舎者も、たしかにさっき表から、この旅籠へ這入ったが」

「じゃあ、ほかの部屋だろう。宿のおやじを起してみろ」

やがて、群れかたまった、大勢の影は、がやがや評議していたがふと縁の上を見ると、そこに、大刀を杖ついて、じっと自分たちを睨めすえているもう一名のさむらいがいたことに気づいて、にわかに口をつぐみ、たれからともなく、ふたり三人五人と、いつかみな垣の外へ消え去ってしまった。