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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
三
三
およそ泰平の世に、吉保ほど破格な出世をして来たものはなかろう。
すべて将軍綱吉の恩寵によることはいうまでもない。
いま、五代綱吉の下に、その寵遇をうけているものとして「五士一僧」ということを世間でよくいう。
その五士とは。
まず柳沢吉保を筆頭に、牧野備後守、松平右京太夫、稲垣対馬守、そして格は下がるが、荻原近江守もそのひとりだという。
一僧とは、たれも知る、綱吉の生母桂昌院が、崇拝してやまない護持院の大僧正隆光のことらしい。
だが、その五士のうちでも、はや凋落を示して来たものは、ひとり牧野備後守だけではない。
寵はいま、吉保一人にあつまっているかに見える。荻原重秀のごときは、吉保に附随しているために――五士のうちに数えられているといっていい。
もっともかれの職は、勘定奉行という要路にあったから、そして経営の才物にはちがいないから、綱吉も重んじ、吉保も利用し、身分は三千石前後だが、隠然たる一方の力量であったことは間違いない。ただ上官への諂りや依怙ひいきだけに依って保っている存在とはちがう。よくも悪くも、やはり時務にかかるとそれだけの腕はある人間だった。