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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

もしや忘れているのではあるまいかと、侍臣がおそるおそる促すと、吉保は、はっきり覚えているらしく、

「水戸家の藤井か。……どうせ夜に入ったことじゃ。まあよかろう」

と、なお悠々憩いながら、

「検校は招いておいたか」

と、たずねた。

かれが、つかれるとよく鍼をさせたり体を揉ませている杉山検校のことで、紀の国屋文左衛門と吉保とのあいだを紹介したものも検校であるといわれている。

「は。早くから呼びおいて、別室で夜食を与えておきました」

さりげなく、侍臣はいったが、ふと「夜食」ということばを、用いた者当人が、はっとした容子であった。

吉保のことを、世上で「夜食の少将」とあだ名していることをふと思い出したからである。けれど吉保には何の気ぶりも出なかった。

「……どれ、会ってやろうか」

やがて、身を起すと、廊下を遠く渡って、数寄屋のある新殿のほうへ歩いて行った。

影

一

錠口がある。それからが新殿への境であった。

新殿は御成御殿ともいう。折々、将軍綱吉が遊びに来るので、莫大な納戸金を借出して、増築したものである。設計の贅、善美、いうまでもない。

数寄屋もそれに附随していた。