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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
棒
一
仙波沼の水が先のほうに少し見えた。水鳥だろう、胡粉を点々とおいたように白い。
「……ここじゃな」
なつかしそうに、老公は杖をとめた。樹木にかこまれた閑寂な門。卜幽居とある朽ちた木額が眼につく。
「又左はもういない」
ここに立ってから、彼はあらためてそう思い直した。卜幽人見又左――そのひとの浪宅はむかしに変らずあるが、そのひとはすでに世に亡かった。
いまいるのは、又左の一子又四郎である。けれど故人のいた頃からの口ぐせで、老公はいまも、又左の浪宅とここを呼んでいた。
棒
一
柴門をあけて、
「又四郎、おるか」
その老公の声を聞くまでもなく、あなたの母屋から、三名は駈けだして来て出迎えた。
三名とは。
さきにここへ来ていた従者の林助、悦之進のふたりに、又四郎を加えたものである。
「お休み所は、書堂にしておきました」
又四郎はどしどし先へ行く。
老公は、あたりの木々や、庭のたたずまいを見まわしながら、
「結構」
と、うなずいて、家の中央を占めている書斎へ通った。
ふつうの武家の書院とちがい、そこにも次の室にも、書物がたくさんあった。春蘭の鉢、陶器、文房具など、明国物のにおいが濃い。