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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
六
また、歩き出すのかと、かの女もすぐ起ちかけたが、そうではなかった。
寄って来て、肩を抱いた。
お次は、おののいて、
「ひとが来ます。……みっともない」
「来てもいい。ふたりはきれいだ、何でもない」
「……けれど、わたしの心は」
「人目を咎める?」
「ええ……何ですか、あの」
「お次さんは、わしが好きか、ほんとに好きか」
又四郎は怖い顔した。
かれが手を離すと、お次はかえって、すがりついた。
「……いけませんでしょうか」
「ばかっ。泣くな」
まるで突っ放しているいい方である。けれど、馬鹿といわれても、何をいわれても、女性はその中につつまれているものは知っている。お次は、かれの胸から顔を離さなかった。
「わしは、嫌いなんだ、大っ嫌いなんだ、泣くことが。――なぜならば、自分もすぐにつり込まれるから」
背をかろくたたいて、
「泣くのはよせ。しかし、ほんとうの話をしよう。こういう夜は二度ないだろう――。え、お次さん」
「…………」
「わしがどこのさむらいで、どなたにお仕え申して、また、なんの為に江戸へ来たか、何も知るまい。……が、それは順にはなそう」
「いいえ、知っています」
「知っている」