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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
脇差を手に、腹を切ろうとしたのである。
「おろか者っ」
老公が大喝したとき、たれもいないはずの次の間からも、
「――あっ、何を召さる」
跳びかかって、ぱっと、紋太夫の小手をつかんだ者がある。
虚無僧の渡辺格外だった。
「――腹を切れと、おいいつけならぜひもないが、私の自害は、犬死でしょう。紋太夫どの、あなたの悔いは、それでは意味がありますまい」
「や。……お身は、悦之進だな」
「そうです」
「…………」
紋太夫は一語もなく、また自刃する力さえ失ったように、黙然、うなだれてしまった。
格外は、なぐさめて、彼にひとつの暗示を囁いた。真に証を立てられようとするならば、ここにあなたの為す途がある。――某家の空井戸に囚われている老公の二臣を救い出して来るものは、あなたを措いてほかにないではないか――と。
聞くと、紋太夫は、
「明朝、水戸へお立帰りの真際まで、何とぞ、お暇をたまわりますように」
そう告げて、悄然、どこへか立ち去った。もちろんその夜、かれのすがたは、邸内にそれきり見えなかった。
二十一
ときならぬ春雷は、一瞬、地を震わせ、人々の胆をおどろかせたが、落花微塵な威も見ぬまに、花の道中を、次の日はもううららかに、水戸へさして帰っていた。