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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

そのどこにも老公のすがたは見えなかった。が老公は、きょうの観客ではなく演者であるから、たれもそれを異として怪しむものは一人もない。

ところで、光圀その人は、まだ楽屋の鏡の間にも来ていなかった。これも出番にはまだ時間があるので、ふしぎではない。――かくて、かれのいるところが、奥の平常の居間とは、あらためて詮索するまでもなく知れきっている。

そこをさして。

いま、大玄関を上がった一組のうちから、佐々介三郎ひとりだけが、かなり大股な足運びで、廊下を曲がって行った。

玄関に上がった一組とは、いうまでもなく、藤井紋太夫のやしきから引揚げて来た、渡辺悦之進、人見又四郎、江橋林助などの面々である。

介三郎ひとりが、紋太夫の家から押収して来た例の書簡や連判をひと抱えに持って、奥へはいって行った後も、悦之進や林助や与平たちは、壁の陰からのぞいて、

(首尾如何に?)

と、奥のほうを、いつまでも窺っていたが、かく、事ありげに、立ち群れているのはよろしくないと、人見又四郎に注意されて、

(いかにも)

とばかり頷きあい、にわかに、そこらのさむらい部屋のほうへ、各※(二の字点、1-2-22)すがたをひそめてしまった。