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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
二
老公はさいごに、ここの係りである御薬方の鈴木元和に問うた。
「元和、そちもやるか」
元和は、恐縮して、
「いたしません」
老公はまたお医師の宗典をかえりみて、
「そちは、どうか」
宗典も同様、あたまをかいて、
「つい、仕りません」
と、正直にいった。
「そうか、なるほど。……いやそうしたものであろう」
咎めもないが、お賞めもなく、老公はその折、三度も「なるほど」をつぶやきながら書斎へもどった。
――今日、午ごろ。
その薬研の音がしている窓のそとに立って、
「江橋さん、江橋さん。猪はどこに吊るしてありますか」
近所の百姓で、碁の上手な、彦兵衛という男がたずねていた。
二
そこの障子も明けないで、閉めてあるまま、窓のうちで、江橋林助が、
「猪? ……。ああ、郡代の鷲尾覚之丞どのから、献上なされたあれか」
「それでございましょう」
「それなら、お台所へまわって、庖丁人の平九郎にでも訊いたらよかろう」
「どなたもおりません」
「いないことはない」
「おりませぬ。お下婢にうかがってみたら、こん夜のお客衆にあげる惣菜を、畑へ採りに行っているとかで」
「うるさいな」
口叱言をつぶやきながら、林助は薬研部屋から外へ出てきた。