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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
――自分とお蕗どのとは、親のゆるした仲であると。
そういう過去のあるなしにかかわらず、恋していたことは事実だった。
そのお蕗と母の雪乃が、得体の知れないくせ者に待たれて、一時に影をかくしたのである。かれの愕きは思いやられる。
老公は、さき程、甚だしく怒られて、いかに変事とはいえ、無断で駈けつけていったのは、進退を弁えぬもの――事にあたって落着きなきものであると――つねにない不機嫌をあらわされたが、これは無理というものであろう。かれとお蕗どののあいだを、ご存知ないからである。
「……もし自分が悦之進の身であったら、やはり前後もなく駈け出していたにちがいない」
文八は、心からかれに、同情しながら、寝もやらず、もし裏門でもほとほと叩く音がしたら、すぐ起きて行こうときき耳をたてていた。
――が、悦之進は帰って来ない。
べつな不安が文八のむねにこみあげて来た。あるいは、くせ者を追撃して、どこかの山林で、追いついたはよいが、かえって大勢の相手のために、返り討ちになったのではあるまいかなどと。
実際、得体の知れない敵である。この敵の正体、おそらく誰にもわかっていないのではあるまいか。